『遅くなるけど仕事が終わってから行くよ。の顔みたいし。』
どんなに仕事が忙しくても、週に2度は必ず来てくれた。
『3年目の記念日だ。一緒に過ごしたいじゃないか。』
どんなに年を重ねても毎年一緒に過ごせるものだと思っていた。
『は、忙しいね。』
会えない理由を作る私を疑うことなく、いつも優しい言葉だけをくれた。
『幸村さん、今日泊まってもいいですか?』
サプライズで彼を駅へ迎えに行ったら、その隣にいたのは若い大学生くらいの女の子だった。
『ごめん。今月は行けそうにない。』
そして、
『来月はヨーロッパに出張だから。』
嘘付き。
『好きな子ができたなら何で言ってくれないのよ!』
大喧嘩をした。
平手で引っぱたいて、持っていた花の入っていた花瓶を床に投げつけた。
『違う!あの子とは何もない!!』
叫ぶ彼と、泣き怒り狂う自分。
こんな日が、私達2人に訪れるなんて考えたことなかった。
それはおしまいのことば
独りで住むようになった部屋の相鍵が戻って来ない。
吐いた溜息の数に幻滅して『返しに来て』そうメールをしたのは1週間前のこと。
『金曜日に返しに行く』
絵文字も句読点もないメールが送られてきた月曜日の夜。それはデパートで惣菜を買っている時。レジで支払いをしていると、バックから響いたオルゴールのメロディーに手に取っていた500円玉を持つ手が震えた。
長いこと聞いていなかった、特別なグループ『彼』に設定されている愛の曲。
今もまだ、精市をあのグループから外していなかった。
決定打。
あの鍵が戻ってきたら、もう私達の関係が続くことはなくなる。希望も、未来もない関係がようやく終着点に辿りつく。
確かにあった私の愛と、確かにもらった精市からの愛に終わりがきた。
それだけのこと。
人生で経験するいつくもの恋愛は、ポツリポツリと消えていく。前触れもなく冷めて、跡形もなく消滅して、思い出になっていく。
何度も、何度も経験したことなのに慣れない。
心の痛みが増すばかりだ。
会えない。
もう一度顔を見たら彼の前で泣いてしまうことが確実だったから、金曜日の夜にわざと同僚との飲み会を入れた。
自分の代りにリビングのテーブルには『シュウメイギク』なんて普通買わない花を置いた。
頼んだ花屋の店員は、私に同情の悲しい表情を向けていた。
花言葉なんて、通用する人間はそう多くない。
『薄れゆく愛情』
そんな花言葉が私達の関係にはピッタリじゃないか。
いつか精市が贈ってくれた花言葉辞典をパラパラ捲り、また吐き出される溜息が終わりを迎えることはあるのだろうか。
そう考えるだけで、また
何度も溜息が洩れて尽きなかった。
深夜25時。
もう土曜日になってしまった時間に開けたオートロックの扉は重かった。
珍しく酔った。
ふらつく足取りでフロアを歩くと、冷たいフローリングに鳥肌が立つ。ガシャンと音を鳴らしてサイドボードに鍵の束を置いた。
ふと触れた金属の感触に、目を向けられなかった。
触れるその存在が何なのか、分かっていたから。
一度ギュッと目を閉じて、開いて。
嫌がる感情を抑えて、視線を手元へ無理やり向ける。
ちょうど小指と薬指の間にある見覚えのある鍵と、当時彼に贈ったストラップに涙腺が緩む。
ああ。
これで、おわり。
流れる涙を無視して向かったキッチンでグラスに勢いよく水道水を注いだ。
グラスが口に触れる寸前、視界に入った前方のテーブル。
その上にある花を見て、熱い涙に次いで嗚咽が室内に響き始める。
私が贈った『シュウメイギク』のあった場所に置かれていたのが
『シオン』の花束だったから。
Attended: つらたん
Title by: tiptoe